ウラジオストクの青空と噴水通りの午後

ウラジオストクでの滞在2日目、市街散歩の続きです。ウラジオストク観光と食料の買い出しにあてていたこの日、昼頃から心地よい青空が広がり始めました。そんな午後について。

噴水通りへ

アレウーツカヤ通りからは、スヴェトランスカヤ通りの北側の通りに踏み込んだ。やや幅の広い道路に白を基調とした建物が両脇に立ち並んでいる。あまり背の高くない建物が多い。スヴェトランスカヤ通りとはまた趣の異なる、どこかヨーロッパ的で解放感のある通りだ。道路の中心に噴水が等間隔に並んでいて、周りにベンチが置かれている。それがアドミラーラ・フォーキナー通り、通称噴水通りだった。建物にはカフェやショップが入っている。朝の大通りとは違って、なんだか垢ぬけた雰囲気で活気づいている。

ずっと通りを進むとひときわ大きな噴水につきあたり、その向こうは街の西側に広がるスポーツ湾の海だった。右手に小さな遊園地がある。家族連れの姿がぐっと多くなる。マロージナエ(アイスクリーム)のワゴンで、小さな男の子が父親にアイスクリームを買ってもらっている。

すっかりウラジオストクの明るい休日という雰囲気になった。通りを行く人々の表情は明るい。待ちわびた夏の到来を早くも喜ぶかのようだ。道に沿ってささやかなビーチが伸びていたけれど、極東ロシアでは海水浴をするには六月の半ばはちょっと早すぎた。代わりにおじさんがのんびりと釣りに興じている。

通りの雰囲気を楽しみながら昼食になりそうなスナックが売られていないかワゴンをのぞくけれど、たいてい売られているのはアイスクリームやジュースで、子ども達の興味を惹きそうなものばかりだった。通りの突き当たりには魚市場があった。

街の市場と聞くとつい身体が引き寄せられるけれど、時刻はすでに昼過ぎ、魚市がにぎわうのにはちょっと遅い時間である。小さな建物の中に魚屋さんが入っていて、空っぽの棚の横で強面のお姉ちゃんが突っ立っていた。

結局その日の昼食は、通りのワゴンで軽食を買い求め、噴水に近いベンチに腰掛けて食べることにした。すっかり天気が良くなったからか、他のベンチも結構人気だ。おじさんが新聞を読んだり、おばさんが本を読んだり、カップルがおしゃべりしたり。デートだろうか。

その日の昼食は「シャベルマ」という食べ物だ。さっくりとしたホットドッグのような形のパンの間に、肉や野菜等の具が挟んであった。けっこう大きくて、25センチくらいある。具はハーブの効いたスパイシーな肉と野菜の炒め物で、ぴりっと辛みが聞いている。「アラブ風」と書かれていたのを注文した記憶があった。

朝から何も食べていなかった私は巨大なシャベルマをすんなりと完食した。残念だったのは、うっかりガス入りの水を選んでしまったこと。ロシアでガス入りかどうか判断するには、ラベルにニェガジローバンナヤの文字を探せばよい。ニェガジローバンナヤならガス無し、ガジローバンナヤならガス入りである。なんて発音しにくい単語だろう。

さて、小回りとはいえウラジオストクの市街地をざっくりと一周したことになる。時刻は14時頃。翌日から始まる列車旅に向けて、食糧調達に出かけることにした。

クローバーハウス

私が足を向けたのは、アレウーツカヤ通りに面したクローバーハウスというショッピングセンターである。結構大きな建物で、一階には化粧品売り場が、二階より上には服や靴の売り場が入っている。正面の入り口を抜ける時、いかにも水兵さんという出で立ちの青年が扉を抑えてくれた。それだけのことで数倍ハンサムに見える。

私の目当ては地下の食品売り場である。エスカレーターを降りると、先ほどのお兄さんと同じ制服を着た水兵さん達で店は賑わっていた。港に潜水艦でも停泊しているのだろうか。

海外の食料品売り場はいつも面白い。野菜も、魚も、皆日本と違っているので新鮮だ。このお店でまず目に飛び込んできたのは、ハーブのような、ねぎくらいの長さの緑の野菜。どんな味がするのだろう。日本ではあまり見かけない小ぶりなりんごが棚に並んでいると、海外にいるんだなという実感が湧いてくる。

それに印象的だったのは魚や魚卵の缶詰や瓶詰の一角である。キャビアやイクラがいっぱいに詰まった瓶がとても魅力的だ。瓶のイクラは列車に持ち込めるだろうか。開封後の賞味期間や保存温度がわからなかったけれど、小さな瓶をひとつ選んだ。ロシア語では、「イークラ」といえば「魚卵」の意味である。つまり鮭の卵もチョウザメの卵も「イークラ」というわけだから、こちらでは鮭の卵を「赤い魚卵(クラースナヤ イークラ)」、チョウザメの卵を「黒い魚卵(チョールナヤ イークラ)」と呼び分けている。ちなみにこの時買った赤いイークラは、列車で開ける機会を逸してしまい、気づいた時には嫌な気配をまとっていたので、残念ながら食べずに捨ててしまった。

もうひとつ探していたのは、シベリア東部でよく食されるというニシンの塩漬けだった。それにあたるロシア語がわからなかったけれど、魚の切れ端が透明な液体に漬かっているものが並んでいたのですぐに見つけることができた。それほど高価でないものをひとつ選んだ。一度開封したら、私の装備では保存が難しそうだ。今夜、酒のつまみにつつくことにする。

他にも黒パンやスライスされたサラミ、トマトを数個、列車に持ち込むことにする。日本からはインスタントの味噌汁とドライフルーツ、カップヌードルを2個持参していた。とりあえずはいったん列車を降りる予定のイルクーツクまで食料があればよかったから、これで事足りるだろう。

ロシアンポップスの夕べ

高台にあるホテルまでの帰り道の大半は登り坂だ。えっちらおっちらと歩く。

部屋に戻ると、小さな観光と列車旅の準備を終えた安心感が押し寄せてきた。部屋の窓から見える空は、再びどんよりとした曇り空だ。夕方になり気温が下がって、また雲が立ち込めてきたのだろう。ホテルのすぐ近くをかもめがたくさん飛んでいる。

さて部屋に備え付けられたドレッサーの端っこをセッティングする。それにニシンの塩漬けを開封。主食代わりのトルティーヤサンド。

そしてニシンである。ひと切れ口に運んだ。うまい!魚の生臭さはほとんどなく、じっくりと塩によく漬かっていてパンチが効いている。魚の旨味が口の中に広がる。これは大変気に入った。ただかなりしょっぱい。塩分が気になる方は、ひと切れ、ふた切れにとどめておくのがよいと思う。パンにはさんで食べてもきっとおいしい。

テレビをつけると、ポップスのコンサートの模様が流れている。ステージ上に大勢のロシアン歌手がいて、カラフルできらびやかなスポットライトを浴びている。彼らの歌うポップスはどれも短調で、ロシア民謡を思わせた。短調のメロディはどこか物悲しく、それでいて強かさを感じさせる。長く凍てつく冬を、手を取り合いながら越えていくロシアの人々。待ちわびた夏は短いけれど、毎年、確実に希望の足跡を残していく。ロシアンポップスの短調は、まるでこの国を象徴するようだ。ただ悲しみの淵に落ちていくだけの短調ではない。生きる楽しみも内包する力強い短調である。

一人で旅をしていると、居合わせた人達との出会いがいつもあり、その後で別れがやってくる。その別れに涙することもある。喜びと悲しみをくり返しながら前に進む。それはあの時、ウラジオストクの夜に聴いた、たくましいロシアンポップスの響きを思わせる。ロシアのメロディから学ぶべきことは、悲しみの先に希望を見出すたくましさかもしれない。

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