火と星空の秘境・青ヶ島へ!歴史と魅力、行き方とは

「東京都青ヶ島村無番地」。登記簿上では島全体がそのように呼ばれている。島に郵便物が届いた場合は、住民の名前だけで居場所へと届けられるのだという。

「青ヶ島」は、東京湾より358km南方の太平洋上に位置している。有人島としては伊豆諸島南限の島であり、近隣の八丈島までは約60km。

最近、メディアで青ヶ島の名前が頻繁に取り上げられている。それもそのはず、青ヶ島は他の離島とは一味違う、とってもファンタジックな場所なのだ。その魅力が注目されつつあるということなのだろう。

それでは今回は、青ヶ島の歴史や魅力、そして困難を極めるというアクセス方法について記録したい。

※top image by Charly W. Karl

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今も活きる火山の島

photo by Norio NAKAYAMA

この青ヶ島を上空から俯瞰すると、その地形がいかに特徴的であるかがよくわかる。まず目を引くのは島の周縁をぐるりと取り囲む断崖絶壁。切り立った崖を上昇するとやがて地面の色は深い色合いの緑に変わり、その緑が、茶色の地面ににじみ出しているように見える(島をチョコレート味のアイスクリームにたとえるなら、抹茶ソースをかけたような具合だ)。

それに島内の地形も実に印象的だ。外縁の崖を登りきると、島の内側はきれいなドーナツ状にくぼんでいて、その中心に小高い山がある(エンゼル型のゼリーの型によく似ている)。

この不思議な地形は火山活動によって造られた。青ヶ島の地中深くでは現在も火山が活動しており、その火口近く、山頂部分が海から突出し、「青ヶ島」として認識されている。

そして噴火活動を経て「島」の大部分を占める巨大なくぼみ、カルデラが形成された。さらに特徴的なのは巨大なくぼみの内側に、もうひとつカルデラを有する「二重カルデラ」であるということ。海面から切り立った島の周縁部の尾根は地形学的に外輪山、内側の山は内輪山と呼ばれる。

集落のある島北部の尾根は「岡部」と呼ばれる。対して大カルデラにあたる盆地はかつて存在していた池に由来して古くから「池之沢」と呼ばれ、現在は深く濃い緑色をした植物が群生している。

火山とともに語られる青ヶ島の歴史

謎に包まれた青ヶ島の古代・中世

伊豆諸島ではしばしば縄文時代には人が居住した跡が発見され、青ヶ島に比較的近い八丈島でも同様である。しかし青ヶ島についてはいつから人がこの島で暮らし始めたのか明確なことがわかっておらず、縄文・弥生時代の遺跡は島内ではいまだに発見されていない。

青ヶ島での居住について記録に登場するのは15世紀のこと。その多くは航海困難な近海での水難事故にまつわるものであった。困難を極める青ヶ島周辺の海上交通こそが、現代においても変わらずこの島を「秘境」たらしめている所以である。

18世紀に入り、青ヶ島はある悲劇に見舞われる。青ヶ島においては最も新しい、火山活動の記録である。

1785年「天明の大噴火」

1785年4月18日、池之沢で噴火が始まった。間もなく全島に火山灰が降り注ぎ、昼夜の区別がつかなくなるほどの暗闇に覆われたという。池之沢の肥沃な耕作地はあっという間に火山灰に埋もれた。草木は枯れ、真水は汚され、食糧、飲料水ともに不足し、激しい噴火が続く中、島民200人以上が留まるにはあまりにも過酷な状況が続いた。それでも八丈島から救助船が到達するまで、ふた月近くを島民は青ヶ島で耐え抜いた。

青ヶ島に接岸した救助船は3艘。さらなる悲劇は、たった3艘では島民全員を収容することができなかったということだ。100人以上が青ヶ島に置き去りにされたという。そして死亡したと考えられている。

1824年「還住」

これにより青ヶ島は歴史上において、一時無人島と化した。噴火が収束すると、やがて八丈島に逃れた島民の間で青ヶ島復興が画策される。以降はたびかさなる水難事故による犠牲者を出しながらも、文字通り血のにじむ努力が注がれた。再び緑の芽吹いた青ヶ島への全島民帰還が果たされたのは1824年。大噴火より約50年を経てからのことだった。還住後の1835年、土地の再開墾により生産能力を取り戻しつつあった青ヶ島で年貢の上納の再開が決定されたことは、青ヶ島復興の象徴的出来事である。

圧倒的な自然を体感できる青ヶ島の見どころ

青ヶ島は、外輪山北側の尾根「岡部」と、南に広がるカルデラ「池之沢」のふたつの部分に大きく分けられる。青ヶ島には他ではなかなか見ることのできない珍しい動植物が息づいており、手つかずの自然がたっぷりと残されている。その壮大な自然を尾根の頂上から見下ろす時、本土での暮らしからかけ離れた、特別な時の流れの中に迷い込んだことを実感するだろう。

池之沢

大カルデラの内側は自然の宝庫。つま先から頭のてっぺんまで緑の中にとっぷり浸かってみよう。

丸山

photo by Norio NAKAYAMA

1785年の噴火で隆起した、池之沢の中心にある内輪山。そのさらに内側には火口がある。丸山をぐるりと取り巻く遊歩道を歩きながら、青ヶ島の景色を眺めてみよう。

ひんぎゃ

photo by Norio NAKAYAMA

池之沢ではところどころの地面で水蒸気が噴出する様子が見られる。火山島ならではの光景だ。ひんぎゃとは島言葉で、語源は「火の際」。島に電気がなかった時代には、暖房や調理で地熱が利用されていた。

オオタニワタリ群生地

photo by Norio NAKAYAMA

オオタニワタリは日本南部から台湾にかけて自生するシダ植物で、個体数の減少が続いていることから環境省指定の絶滅危惧種に選ばれている。青ヶ島では至るところでオオタニワタリが群生する珍しい光景を見ることができる。

ふれあいサウナ

とってもピースフルな名前の、地熱を利用して造られたサウナ。文字通り島民のふれあいの場になっており、観光客もお邪魔することができる。サウナの中は約60度と優しい温度。地熱をそのまま使っているので、日によって多少の温度差がある。

地熱釜

ふれあいサウナの近くにある、これまた地熱を利用したお釜。野菜に魚、卵、なんでもふかすことができる。釜で蒸したいものがあれば、民宿のご主人に相談してみよう。釜の中に放り込んだら、約40分でほかほかに蒸しあがる。

岡部

島の北側、外輪山の尾根を登ったところに広がる緩やかな傾斜地で島民は暮らしている。標高にして250m~300m。集落をちょっと外れれば太平洋の大パノラマが広がり、夜に空を見上げれば、こぼれ落ちそうなほどに空を埋め尽くす星々を眺めることができる。

尾山展望公園

photo by Norio NAKAYAMA

青ヶ島の不思議な地形を眼下に見下ろし、360度に太平洋の絶景が広がる展望台。晴れた日には約60km離れた八丈島を視界にとらえることも。

大凸部(おおとんぶ)

青ヶ島の最高峰であり、標高423mの高みから島を一望できる。岡部の集落から少し南に車を走らせた後、大凸部までは徒歩で登ることになるが、気楽な坂道なのでぜひ訪れたい。

星空スポット・ジョウマン

「ジョウマン」と呼ばれる島の最北端の崖には、見渡す限り緑の草原が広がる。町の明かりが届かないため夜には絶好の星空観測地。満天に輝く無数の星と壮大な天の川の流れる様は、見る者の心に深く訴えかける特別な美しさがある。

困難を極める青ヶ島への道

繰り返しにはなるけれども、青ヶ島はとにかく行きにくい場所。東京都内からの直通便はなく、空路・海路のいずれを利用するにしても八丈島を経由することになる。

定期船「あおがしま丸」

毎日1便、八丈島から定期船が運航している。しかしその着岸率は50~60%とおそろしく低い。青ヶ島の絶壁を前にしては、少しの高波でも入港の妨げとなるからだ。八丈島を朝の9:30に出港し、もし着岸できれば12:30頃に青ヶ島に到着する。運賃は片道2550円。

東京から八丈島まで朝一番の飛行機に乗れば出航時刻には問題なく間に合う。八丈島空港から青ヶ島行きのフェリー乗り場まではタクシーで7~8分。

「天明の大噴火」に際して八丈島に避難した島民は、復興に向けてたびたび青ヶ島への航海を試みたが、船は幾度も難破し多数の島民が死亡した。現代ですらこの着岸率なのだから、当時はよほど困難な道のりであったろう。

空路「東京愛らんどシャトル」

これまたのほほんとした名前の、空の定期便。八丈島から青ヶ島まで、ヘリコプターが毎日1便飛んでいる。所要時間は20分。そして定員、なんと9名。つまり1日あたりでは9名しか、ヘリコプターでは青ヶ島に渡れないのである。

そのため9人の枠を巡って、搭乗日の1か月前から可能になる事前予約には搭乗希望者が殺到するという。青ヶ島へ行くには前もって計画の上、万全の態勢で予約に臨むべし。片道で大人料金が11530円、子ども料金が8070円。

八丈島空港を毎朝9:20に出発する。こちらも羽田発の早朝のフライトに乗れば無理なく搭乗できるが、速やかに搭乗手続きを済ませるためにも、羽田では念のため荷物を預けず機内に持ち込んだほうが安心。

ちなみに三宅島や御蔵島など、近隣の島からも同じく「愛らんどシャトル」が就航している。詳細はここでは割愛するが、島伝いに旅をするのもおもしろいだろう。

宿泊事情と島の居酒屋について

青ヶ島には全部で民宿が6軒あり(うち1軒は休業中)、いずれも岡部地区周辺に位置している。日中営業している飲食店はないが、夕方より営業を開始する居酒屋が2軒ある。そのため各宿では1泊2食付き、あるいは3食付きのプランを提供していることがほとんどだ。

また池之沢のふれあいサウナの近辺にはキャンプ場があり、宿泊が可能。こちらは予約だけでなく青ヶ島役場まで事前申請をしなければならず、役場以外では港、ヘリポートで申請書を入手できる。

行きにくいほど行きたくなる青ヶ島

八丈島よりさらに南の洋上に浮かぶ、火山と星空の島・青ヶ島。島へいたる航行は大変な道のりである…そんな風に聞けば聞くほど、がぜん興味が湧いてくる秘境。それにそこで待ち受けているのは、なかなかちょっとお目にかかれない、圧倒的に豊かな自然。日のあるうちは草いきれを胸いっぱいに吸い込んで、夜には草原でぽつねんと星を見上げる。その困難な道のりとは裏腹に、青ヶ島を訪ねる魅力は十二分だ。

いつか日本の秘境、青ヶ島に迷いこみ、丘の上から島の独特な地形を見下ろしたいものだ。すうっと息を吐きながら、「ああなんと遠いところまで来たのか」と感慨に浸る。そんな情景を思い描いている。

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