「ダブロ・ドゥシャ」のこと

イーラとアンドレイと、3人で始まったシベリア鉄道の旅。出会ってすぐにウイスキーで乾杯。ウラジオストクを発車して間もない、そんな午後の話。

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「ダブロ・ドゥシャ」

アンドレイはイーラよりもいくらか英単語を知っていた。明るく気さくで、晴れ晴れとした表情の若者だった。イーラとは時々ロシア語で何かを話し、二人が私に何かを伝えたい時は、「カク(何といえばいいのやら)……」と言葉選びに試行錯誤してくれる。

聞けば25歳だという。30歳くらいに見えていたので、やっぱり白人は日本の感覚よりも少し年上に見えるんだわと内心納得する。ある時、彼の家族の話になった。先ほどはガールフレンドがいるという話だったが、どうやら奥さんがいるということらしい。それに子どももいて、なんと4人も!なんとまあ、子だくさんである。

「ロシアじゃ普通だよ。子どもが4人、OK!5人、OK!6人、OK!」

アンドレイは両手を広げて大げさに言って見せる。イーラも子どもが何人もいると話していたと思う。「ロシアでは子どもの数は何人くらいが普通なの?」「まあ5人くらいは普通だね」

そこで日本の少子化について話したけれど、うまく伝わったかどうかわからない。ロシアも日本と同様、人口減少が社会問題となっているらしいけれど、地域差があるのだろうか。

出会ったばかりのイーラ、アンドレイを見ていると、彼らはまるで近所のおばさんと知り合いの息子が慣れた挨拶をするように、何ひとつ身構えず、自然な調子で会話をしている。それは私に対しても同様で、「遠慮」や「距離感」といった「水臭さ」「他人行儀」というのが一切ない。ビールをごちそうになり、ウイスキーを飲まされ、すっかり彼らのペースに巻き込まれている。

フレンドリーという言葉があるけれど、それはちょっと違う気がする。フレンドリーという誉め言葉は、「フレンドリーでない人間もいる」ということを前提に存在しているけれど、私がこれまでに出会ったロシア人についていえば、そもそも「フレンドリーでない」という前提が存在しない。人と人とが近くて当たり前。知り合いはみんな身内。そんな雰囲気である。

私はそれについてなんとか伝えようとした。あなた達がとてもフレンドリーにしてくれて、驚いていると。するとアンドレイは、

「それがロシア人の心なんだよ。ロシアでは、ダブロ・ドゥシャという。ドゥシャっていうのは、魂のことさ」言って、Tシャツの胸を誇らしげに叩いて見せる。

あとで調べたところ、綴りはおそらく「добро душа」。直訳するなら「善の魂」といったところか。

ロシアに限らず、日本国内においても、その土地の冬が厳しければ厳しいほど、人と人との距離感は近いように思う。長く凍える冬を乗り越えるには、一人ではとても生き延びられない。だから身内同士で力を合わせて暖をとり、食事をわけあいながら、北国の人々は冬を超えてきたのではないかと想像している。その歴史を通じて育まれたロシアの国民性、それがダブロ・ドゥシャなのかもしれない。

ロシアのトランプは「6」から始まる

イーラは小さなカードゲームを持っていた。トランプかと思ったら、よくよく見るとちょっと違っている。まず一番小さな数は、驚くべきことに6である。トランプのJ、Q、Kは存在せず、かわりに、B、D、K(バリエット、ダーマ、カロール)が10以上のアルファベット陣を固めている。

そこで教わったのは、チェティーリ(数字の「6」の意味)というゲームでる。一見そのゲームは日本の大富豪に似ているけれども、ちょっと違う。最初に親がカードを6枚ずつ配り、1枚基準となるカードを引いておく。順番に1枚ずつカードを出して、強い札を競うのだけれど、親が最初に引いた札と同じマークであれば強力で、また数字が大きいほど強くなる。出せるカードがなくなったら「ヴィータ!」と言って、また手持ちを6枚そろえ、一番早くカードを出し終わった人の勝ち。

しかしルール説明をロシア語で受けた上(つまりちんぷんかんぷんである)、大富豪に引きずられて私が苦戦していると、イーラとアンドレイは代わりばんこにアドバイス役を務めてくれた。出すべきカードがわからず顔を曇らせていると、アンドレイは「Fun! Fun!」と言って励ましてくれる。

さて彼らはと言えば、カードが出てきた途端、待ってましたと言わんばかりに乗り気で札を選んでいる。二人が札を出し合って対決する時は「ヴィータ!」(ばちん、と札をたたきつけながら)と楽しそうだ。そしてゲームがひと段落するたび、いそいそとウイスキーを注いで、「ダバイ!」

イーラについて言えば、アンドレイが乗車して車内が和やかになってから、彼女はよく飲み、私に向かって「可愛い子」と言いながら笑ってくれるようになった。アンドレイはぎょろっとした大きな目を持つ他のロシア人と比べるとずいぶん柔和な表情をするので、なんとなく好感のもてる人物だった。

そんな風にカードに興じたり、時折ウイスキーを飲んだりしているうちに、列車はルジノ駅に停車した。現地時間で16時40分頃。空の色がだいぶ柔らかくなっている気がした。

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