イーラとアンドレイ

シベリア鉄道が発車し、ついに列車の旅が始まりました。まずはイルクーツクを目指します。ウラジオストクから乗り合わせたイーラ、その後でやって来た青年アンドレイとの出会いについて。

乾杯

走り出した列車の中で私は、初老の女性と二人きりになった。発車してすぐ、彼女の携帯電話が鳴る。彼女は立ち上がり、カーテンの開いた通路の窓際で話している。どうやら先ほど駅で見送ってくれた娘さんからの連絡のようだった。

彼女は黒髪のショートカットで、ジーンズの足がほっそりとしなやかだ。ジーンズを履きこなすおばあちゃんの背中はかっこよく見えた。電話を終えて部屋に戻ると、彼女はTシャツとレギンスというラフな格好に着替えてしまった。私達はまた二人きりになった。

彼女はごそごそと手荷物を探ると、ピンクの布に包まれた大きな包みを取り出した。中にはアルミホイルでくるまれたものが入っていて、それも広げると、こんがりと焼き色のついた巨大なローストチキンが現れた。

「娘が焼いてくれたの。さっきあなたも会ったでしょう」

彼女はにっこりして、他にも小さなキュウリやトマト、パン、塩を並べる。私も自分の荷物から食べるものを取り出した。家族の愛情がこもったランチを前にすると、私のサラミや黒パンが急に貧相に見えてくる。彼女は大きなボトルを取り出した。中身はゴールドに輝く液体。

「ビール。飲める?」

びっくりする私を前に、彼女はコップをあおる仕草をする。ありがたくいただくことにして、2人で乾杯をした。りんごの風味の効いたフルーツビール。冷えていておいしい。私にとっては「旅の始まりに乾杯」でもある。

彼女はローストチキンも勧めてくれた。「お食べなさいよ。手でちぎって」言われるままに骨の近くのお肉をひと切れ、ふた切れといただく。しっとりとしたお肉で家庭の味付けだ。乗車する前には想像していなかった贅沢だった。まるでお母さんみたい。不思議な安心感があった。

手探りの会話

ランチをとりながら、私達はお互いの自己紹介を始めた。

彼女の名前はイーラといって、モスクワまで行くのだという。普段は家族とともにウラジオストクに住んでいるが、モスクワで列車を乗り継ぎ、最終的にヴァローニシュという街まで行くらしい。その街のサナトリウムで7月まで過ごすのだそうだ。

私が地図を広げると、イーラはまかせなさいと言わんばかりに指で線路を辿り始めた。その街はすぐに見つかった。モスクワからウクライナ方面へ南下したところにある。日本語では「ヴォロネジ」と書かれているが、ロシア語の発音規則をずいぶん無視した表記である。

サナトリウムと聞いて結核を連想したが、彼女はぴんぴんしている。聞けば、マッサージを受ける等してのんびりと過ごすのだそうだ。55歳で、昔はロシア国鉄に勤めていたらしく、車両と同じロゴの書かれたペンを見せてくれた。若い頃はウラジオストクの大学で歴史を専攻したらしい。

そんな話をするのに、私達は大変な時間をかけることになった。というのもイーラは英語がほとんどわからなかった。お互いが知っている言葉を探りながらの会話は試行錯誤の連続だった。日本人も英語が苦手と一般的に言われるけれど、日本語の中には外来語としてたくさんのカタカナ語がある。それに簡単な英単語はテレビや雑誌等のメディアにあふれている。しかしイーラには、例を挙げると「ウーマン」という単語が通じなかった。

現在55歳の彼女が少女であった頃はソビエトの時代であるから、教育の内容は現在と大きく異なっていたのだろう。ロシアでは年配の人ほど英語との距離が遠い。イーラも私との会話については途方に暮れたと思う。それでも、彼女は数少ないながらも知っている英単語を絞り出そうとしてくれる。その表情の真剣さ。彼女の誠実さが伝わってくる。

それにロシアでは多くの人が非ロシア語話者と話すことに慣れていない。年配の人ほどその傾向がある。自分の言語が相手にとって外国語で、相手が自分の言葉を理解できない時、かみくだいたり、細かい文法を省いたり、ジェスチャーを加えたりといった工夫がどうも苦手のようだ。駅で出会ったおじいさんもそうだ。時には相手が理解するまで同じ言葉を繰り返す人もいる。しかし、それでは言葉は永遠に通じない。

ただ、一方で幼い子ども達は小学校から英語を学んでいる。習いたての英語を積極的に試したがるし、旅行者の私は興味深い存在として彼らの目に映るらしい。彼らが大人になった時、ロシアの姿は今とはだいぶ違っているだろう。もちろん英語を話せさえすれば素晴らしいという話ではない。

イーラも私も、会話に疲れたら一人で通路に立ち、車窓の風景を眺めた。そんな風にして行う会話は、お互いにとって結構骨の折れることだった。

ウラジオストクを出発して間もなく、列車は明るいグリーンの草原の中へ滑り出していた。景色の大部分を緑が占めている。発車間際まで曇り空が広がっていたのに、いつの間にかすっかり空は晴れていて、さっぱりとした青空に白く優しげな雲がたなびいている。

日本の空に似ているけれど、空気が澄んでいるのか、心なしか遠くのほうまで見透かせるような空だ。シベリアの緑は優しい色をしている。

《ロシア号》は今夜遅く、ハバロフスクの駅に到着する。シベリア鉄道では大きな街や集落の停車駅では15分から1時間近く停車することがある。そういう時は乗客もしばしの時間、列車を降りて、煙草を吸ったり、プラットフォームを散歩したり、駅のキオスクを物色したりと思い思いに過ごしている。この列車も大きな駅で何度か休憩をとりながら、まずはハバロフスクまで向かうことになる。

私達のクペーは、4台あるベッドのうち2台がまだ空っぽだ。旅行会社が列車の予約をする際に「席が埋まってきている」と言っていたことを思い出す。この列車は今は静まり返っているけれど、じきににぎやかになるのだろう。それに私達の部屋にも、あと2人、旅路を共にする人がどこからかやって来る。その人達のことを想像しながら、シベリアの午後が過ぎていく。

3人目

ウスリースクの駅で、ひとりの青年が私達のクペーにやってきた。

190cmはありそうな大きな体。ブロンドの巻き毛、真っ白い肌、うすい水色の目、全体的に肉付きの良いふっくらとした印象である。カーキ色のTシャツに、ちょっとくたびれた雰囲気のスウェットという恰好で、大きな黒のボストンバッグをかついでいる。

青年はふわっとした笑顔を浮かべて部屋に入って来た。まずイーラが青年にロシア語で話しかけた。彼はアンドレイと名乗った。ハバロフスクまで行くのだという。アンドレイの話を聞いたイーラが、「彼はソルジャーよ」と私に教えてくれた。「ハバロフスクにガールフレンドがいるの?」と尋ねるイーラ。彼は笑って「そうそう」というようなことを言う。

アンドレイが旅行かばんから引っ張り出したのは、安いビジネスホテルの部屋にありそうなうすっぺらい紙のスリッパだった。それから小さな文庫本。彼のベッドは私の向かい、隣の下段のベッドだった。そこに大きな体を横たえると、ベッドから長い足がはみだしてとても狭そうだ。彼は悠々自適といった風情で、本を読み始めた。それをじっと見ているイーラ。時々彼女が何か話しかけるので、青年の読書はなかなかはかどらない。それを眺める私。

イーラとアンドレイと、3人での列車旅が始まった。

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