食器の音、走る人、シベリアの朝

今朝はいつもよりずいぶん早くに目が覚めました。

ここのところめっぽう朝が弱かったのですが、久しぶりに6時に起床。しかも起きてみるとずいぶん体が軽く、頭もしゃっきりしている。なぜかしら、と思いつつ窓を開けると、明るい灰色の空が広がっていました。

まだ涼やかな早朝の空気。夜の間に雨が降ったのか、向かいのビルの屋上に水たまりが見えます。でも雨は降っていない。露のおりた土のようなにおい、草のにおいが満ちている。

ふと、シベリア鉄道で過ごした6月のある1週間、毎日早起きしていたことを思い出しました。

目が覚めるのはだいたい5時半か6時頃。枕に横たえた頭のずっと下のほうで、列車が枕木を超えていく「カタン、コトン」という規則的な音が響いている。夜に寝付く時にはそれが子守歌に、朝には目覚まし時計になる。しだいに「カタン、コトン」のリズムがゆるやかになっていくと、列車が駅に近づいていることがわかる。やがて停車する間際に、車掌さんが乗降り口のはしごを車両の内側から降ろす「ガッチャン」という音。

シベリア鉄道で最も印象に残っている音は、この「ガッチャン」です。今ではとてもノスタルジックな響き。そして今朝の東京の空気感は、シベリアの朝、早朝の駅で吸い込んでいたさわやかな空気に似ていました。

体調が抜群だったので、近くの公園まで散歩に出かけることにします。

家の前の通りを歩くと、道をゆく人の姿はぱっと目に入るだけで3人くらい。朝の静謐な空気の中、公園に向かって歩きました。すると、両脇に立つマンションのどこかのお部屋から、食器を使うかちゃかちゃという音が聞こえてくる。朝ごはんを食べているんだわ、とすぐにわかる。トーストかしら、目玉焼きかしら、と想像を膨らませながら、ユニフォーム姿で自転車を走らせる野球少年の背中を見送る。

道すがらのコンビニでホットコーヒーを買い、10分ほど歩くと、目指していた公園に到着しました。

この公園、けっこうな広さがあり近隣住民の憩いの場として親しまれています。季節の良い晴れた休日にはピクニックシートが芝生を埋め、飼い犬とフリスビーを楽しむ人の姿や走り回る子ども達の姿が見られます。

とはいえ、朝の7時ならばきっと静かでいい雰囲気だろう、と安易に考えていましたがどうやら見当違いだったようです。東京都内、日曜朝7時の公園は、大変にぎわうものだと今朝がた学んだところであります。顔ぶれは大体40代より年上の、人生の大先輩方。軽快なトレーニングウェアに身を包み、ジョギングやウォーキングに励んでおられます。

それにバーベキュー広場のほうでは、何十人ものマダム達が何やら色とりどりの房のついた長い棒を手に何かを待ち構えています。「ダンスかしら?」と思って眺めていたら、どこからか流れ始めた胡弓の音色。太極拳の集まりのようでした。地面のひとところに極太の水筒が集めて置かれています。小学生の頃、教室の後ろの棚にみんなで水筒を置いていたことをふと思い出す。

それに小学生ほどの少年達もランニングに励んでいます。そのうちのひとりは、背番号10番、ネイマール。

広い芝生に出ました。ずーっと遠くの地面までシロツメクサが覆いつくしています。白い花もたくさん。幼い頃は、この白い花でなんとか花冠をこしらえようと奮闘しましたが、私は不器用であまりうまくできなかった。

雨あがりだからか、地面から顔を出すクローバーが、どれもむくむくと背伸びしているように見える。しっとりと濡れた地面を散策しているとスニーカーがいつの間にかずいぶん濡れていました。

こんな朝早くに、ベビーカーを押してピクニックをしている親子がいます。よく見ると赤ちゃんがベンチに身を横たえて手足をぐいぐい伸ばしている。ジョギングをする女性達の会話が偶然耳に飛び込んできます。「世間体って何?」誰かが笛の練習をしているみたい。

朝の雫に濡れた植物達を観察しながらそぞろ歩きでした。この公園では敷地内に小さな植物園が併設されていて、そちらにも足を向けたかったけれど、あいにく開園は朝9時から。フェンス越しにオリーブの木を見つけました。小さなグリーンの実がなっています。

公園から家までの帰り道、もっと歩調を緩めてとぼとぼと歩きました。通りかかったマンションの下で、誰かがバイクの前にしゃがみこんでいる。こちらに背を向けて。周りに何かの道具をたくさん並べて。修理だろうか、点検だろうか。

どこからか響く食器の音。トーストだろうか、目玉焼きだろうか。

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