ルジノ駅の散歩と小さな友人

だんだんと夕暮れへと向かうシベリア鉄道での一日。もっと写真を撮っていれば景色の美しさを少しはお伝えできたのにと思うけれど、いかんせんこの日はとっても多忙だったのだ。穏やかに過ごす午後、そして小さな友人スヴェータとの出会いについて。

ルジノ駅の散歩

シベリア鉄道では駅に停車する時、お客の乗り降りがあれば車掌が出入り口からはしごを降ろしてくれる。小さな駅なら人の出入りが全くないこともある。そんな時は、列車がずいぶん静かになったと思えば、窓の外を見やるといつの間にか駅に停まっていた、というようなこともある。

列車はゆっくりと速度を落とし、駅に入るときはなだらかに、静かに止まる。線路や車輪のきしむ音はほとんどない。ただあるのは、よいしょ、と列車が前進をやめて、地面に固定されるような、時の流れが一時停止するような感じ。それに引き続いて、車掌が乗降口のはしごを降ろす「ガッチャン」という金属音が、車両中に響き渡る。

主要な鉄道駅では短くて15分程度、長くて1時間弱、列車は駅に停車する。その間乗客は列車の外に出て、束の間の気晴らしを楽しむことができる。車中は快適とはいえ、やはり外の空気は吸いたくなるものだ。だから日中、列車の中で時間をつぶしながら、乗客は次の停車駅のことを頭のどこかでいつも考えている。

ルジノに到着するなり、アンドレイとイーラは待ってましたとばかりに降りる準備を始める。彼らは外で煙草を吸うらしい(シベリア鉄道の車内は全面的に禁煙。しかし我慢できずに、車両同士のつなぎ目のところで吸う人はいる)。私も外で散歩に興じることにする。

時刻はすでに夕方だけれども、きれいな青空が広がっている。隣の線路に貨物車両が停車していた。列車にカメラを向けていると、写真の中に両手を広げて写りこんだ人物がいた。ぽちゃっとした笑顔を浮かべている男の子。アンドレイが追いかけてきたのだった。

「おいでよ。こっちこっち」

彼についていくと列車からどんどん遠ざかっていく。停車時間はそれほど長くはないし、ぎりぎりに戻るのも恐い。たったった、と跨線橋の階段を上ったところで、私のカメラで写真を撮ってくれた。「ゴー!戻ろう」彼は私の旅の記念撮影に付き合ってくれたのだった。

シベリアの夕暮れ

シベリアの夕空の下、列車はゆっくりと動き出す。日が少しずつ傾いてきて、空は薄青に、雲の形はおぼろげに、緑の色はより穏やかに、景色が少しずつ変化を見せている。シベリアの景色の中でも美しいのは、時折小さな湖や川があり、その水面が鏡のようになめらかで、木々や空を鏡のように映し出す様だ。水辺のある風景がきれいですよねえ、と後に出会う日本人の女性とも、車窓を眺めながら語った。

街と街の間では見渡す限り緑が広がり、その中を列車が一生懸命に走り抜けていく。一面の緑のところどころにこんもりとした背の低い木立があり、平原と広葉樹の森が変わりばんこに姿を見せて、景色を木々の曲線が縁どった。小動物の姿を探すけれど、動くものは鳥くらいだ。うさぎやきつねがいればいいのに、と思う。

景色は素晴らしいのに、後日カメラのメモリを見返すと全然写真を撮っていない。なにせその日は、本当は景色を眺めるどころではなかったのだ。イーラとアンドレイとカードに興じたり、おしゃべりをしたり、彼らのロシア語から知っている単語を聞き取ろうとしたり、ウイスキーを飲んだりしていたのだから。

カードの途中で誰かが勝ったり負けたりすると、時々彼らは「ダバイ」といってウイスキーをあおる。私はショットでお付き合いすることをかなり早い段階で諦めたのだけれど、彼らが飲むのにあわせてひと口含むようにしていた。それでも私にしては結構な量のウイスキーを飲んだ気がしていたけれど、ロシア語を聞き取るのに必死だったからか、不思議なことに酔いはほとんど感じなかった。

小さな友人スヴェータ

ある時私がお手洗いに立つと、個室の前で小学生ほどの女の子に出会った。小麦色の肌をして、髪は明るい栗色、小動物のような可愛らしい顔立ちをしている。確か彼女はハローと言ってくれたと思う。さらに年下の幼い女の子を連れている。

英語で挨拶をすると、「あなた英語が話せるのね!」と彼女は喜んだ。私はスヴェータ、と彼女は言った。年齢は11歳。学校で習いたての英語を使いたくてうずうずしている、という印象だった。

「来て!」

スヴェータはお手洗いから私を連れ出して彼女のクペーに招きいれ、ベッドに座る老婦人を「私のおばあちゃん」と紹介してくれた。ぽっちゃりとしたおなかの優しそうなおばあさんだ。60代ほどに見えたが白人の年齢のことは私にはよくわからない。首がぎゅーんと長く、あごがこぢんまりとして、垂れた目元はスヴェータと少し似ている。

おばあさんの着ているヒョウ柄のトップスが印象的だった。サンクトペテルブルグに住む友人のお母さんもヒョウ柄が大好きだ。ロシアと大阪のおばちゃんには思わぬ共通点がある。

得体の知れないアジア人と孫娘が話しているなんて怪しまれないかしら、と心配したけれど、おばあさんは穏やかに接してくれた。「旅行をしているんです」と説明したが、通じただろうか。

この時、スヴェータは私にちょっとしたお願いごとをした。「お願い!私のベッドで、隣で寝てちょうだい!」と屈託のないきらきらした目で懇願された。ちょっと思わぬ方向からのお願いでびっくりしたが、お姉さんを困らせないの、とおばあさんが孫娘をたしなめるのであった。

私にとって本当にありがたかったのは、スヴェータがこの先も英語での話し相手となってくれたということだった。それに彼女は快活で人懐こく、気持ちの良い子だったから、慣れないロシア語に囲まれて悪戦苦闘している中では正直彼女は心の拠り所のような存在だった。その後イルクーツクまで、私とスヴェータとは時折お話をしたり、景色を眺めたりしながら、多くの時間を一緒に過ごすことになる。

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