S7航空のカマキリ号に搭乗

シベリア鉄道の始発駅があるウラジオストクまで、成田空港から飛び立ちます。搭乗するのは「S7航空」。機体のキッチュなカラーリングが印象的でした。

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ポップでファンキーな緑色の飛行機

搭乗ゲートに到着したことに少し安堵して待合エリアで腰を下ろした。見送ってくれた友人に連絡をしたら、早くもメトロで都内の自宅に向かっているらしい。お礼をメッセージを送っておく。

窓の外は曇り空だった。その乳白色の空の下で、私が乗ることになるS7の飛行機がすでに乗客を待ち受けていた。その機体の色といったら、けばけばしい黄緑色。ポップでファンキーな色合いに心を和ませつつ、使い慣れないソニーのミラーレス一眼をごそごそと取り出して記念写真を撮る。曇り空に黄緑色がミスマッチがなんとも合わない。

日本国内で、ウラジオストクへ用事のある人間がどれほど存在するのか想像もつかなかったけれど、待合エリアは案外混んでいて、私が待つ間にも少しずつ旅行者の姿が増えていく。多数は日本人だが、やはりロシア人と思われる白人もちらほらと見受けられ、中でも小さな子供を抱っこした母親を筆頭にした家族連れが印象的だった。

そして私のすぐ近くでは、ごついベストやワークパンツで身を包んだ、人生の酸いも甘いもおおよそ知り尽くしたかのようなおじさま達のグループがいた。彼らの声はにぎやかで、明るくて、ロシアへの旅立ちを待ちわびているといった雰囲気だ。

そのおじさま達に限らず、乗客の年齢層は若干高めで、多くは四十代よりも年上のように思われた。上品なロングスカートを着こなした日本人のマダムが颯爽と現れて、シベリア航空のカマキリ色の機体にタブレットを向けて、パシャリと華麗に写真を撮った。最近はタブレットを使いこなすマダムが増えているらしい。

いざカマキリ号に搭乗

ほどなくして航空会社のスタッフが数名、待合エリアをうろうろと歩きながら、乗客のパスポートと搭乗券のチェックを始めた。搭乗時刻が近いらしく、そわそわと落ち着かない。スタッフの中には、私よりも年下と思われる若い娘さんの姿もあって、流暢な英語で外国人のパスポートも見て回っている。頼もしさと同時に、語学を活かす仕事、やっぱり素敵だなあだなんて思いながら、ウラジオストク行きカマキリ号にいそいそと乗り込んだ。

航空機の尾っぽ近くで見つけた自分の座席は、これまであまり見たことがない程度には古びた印象を受けた。シートは革張りで、ちょっとした破れがちらほらとある。長年飛び続けているベテラン飛行機なのかもしれない。

座ってしまうと手持ち無沙汰なので、座席のポケットを早速検分する。各座席に必ず備えられている非常時マニュアルは、かなり使い古されていて、人間が「ザ・シンプソンズ」のようなマスコット風に描かれており、機体と同じくポップな色使いが印象的である。漫画の中で、酸素マスクを使ったり、機外への脱出を試みたりしている。どのキャラクターも表情がめちゃくちゃ明るい。

乗客のシートベルトを確認してまわるキャビンアテンダントを見れば、女性はカマキリ色のスカーフを、男性はカマキリ色のネクタイで胸元を飾っている。これがS7航空であった。そういえば私のリュックのレインカバーもカマキリ色。皆さんおそろいですね。

心は早くもロシアへ

搭乗する時、機体の手前のほうの座席で、先ほど見かけた白人女性がコンパートメントに荷物を入れるのに苦戦しており通路をふさいでいた。私は彼女の作業が終わって通路が空くのを待っていたのだが、彼女は少しすると、顔をやや赤らめて私に通路を譲りながら、

「イズビニーチェ、パジャールスタ」

ロシア語だ!途端に、気が早いけれどももうロシアに来たような気分!嬉しくなって、でも返答になるようなロシア語がとっさに出てこないので、とりあえずにっこりしておく。この旅で学んだことのひとつは、シンプルで陳腐だけれども、「笑顔は万国共通語」ということ。言葉が伝わらなくても、こちらの好意的な姿勢をわかってもらえるだけで、ひとつ得をした気分になれる。

ところでこちらのシベリア航空機はかなり揺れた。日本海上空をぐんぐん飛んで、ウラジオストクまでは3時間ほど。その間、ぐらぐらと上下左右に揺れつつ、時々めきめきというプラスチックの音を聞いて肝を冷やした。見上げれば、斜め左上の天井の一部が外れて、パネルが飛び出している。どうしても墜落という二文字を頭に浮かぶ。

揺られながらも日記用のノートを開き、私は「ウラジオストク」という街について考えた。

「ウラジオストク、晴れ、北向きの風…」

そんなラジオを小学生の頃に聴いたことがある。NHKの天気予報だ。その頃私は天気や空の様子に興味を寄せていて、新聞の気象図を眺めたり、日々の空をぐるぐると観察したりしていた。ある日自分でも気象図を作成できると知って、NHKのラジオ放送を流してみた。ラジオの内容にもとづいて、白紙の天気図に各地のお天気や気圧線を書き込んでいくのだ。ラジオで天気を読み上げる都市の中に、極東ロシアの都市も含まれていた。ウラジオストク。ハバロフスク。

小学生の時、「ウラジオストク」「ハバロフスク」という地名に対しては、白に近いグレーのイメージだけが心の中にあった。おそらくなんだか殺風景な土地を思い描いていたのだろう。自分が将来、実際に訪れることになるとは想像もせずに。

書き物をしたり、空の様子を眺めたりしていると、通路を挟んだ反対側に、日本人の若い男の子が座っていることに気づいた。一人旅のようで、雰囲気からしておそらく二十歳前後。単語帳のような本を広げている。ロシア語の勉強をしているのかも。留学生かもしれない。彼は本を見たり見なかったりしながら、時々窓の外を眺めている。

飛行時間は長いようで短かった。大阪から東京まで飛ぶのに一時間と少し。北海道までなら、二時間くらい。ウラジオストクまでは三時間だ。まもなく機体の降下を告げるアナウンスが入る。リュックはちゃんと一緒に飛んでいるかな、とちょっと心配しながら、ウラジオストクの街のことを想像する。

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