ウラジオストク駅

いよいよシベリア鉄道に乗車する当日。海沿いに建つホテルをチェックアウトし、旅の荷物と4日分の食糧を抱えて、ウラジオストク駅へ向かいます。

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出発の朝

朝の9時頃、水と食料の重さに歯を食いしばりながら、ホテルから市街地へ続く坂道を下っていた。滞在3日目ともなると街の風景にも見慣れてくる。バックパックをかつぎながら、重心の低い荷物をぶら下げて歩くことは大変体力を消費するものだと私は学んだ。

ホテル《アムールスキーザリフ》をチェックアウトする際、周囲の中国人宿泊客の中に見たことのある顔があった。向こうもこちらをちょうど見つけて、おやおやと破顔した。昨日、潜水艦の近くで出会った中国人のおじさんだ。お国はどこなのという会話になって、またしても私のリーベンは通じなかったけど、大阪(ダーパン)と言ったらわかってくれたようだ。おじさんはハルビンから来たと言う。

ハルビンといえば東清鉄道の駅がある都市だ。19世紀の終わりにロシアが建設したその駅からはハルビンから中露の国境を越え、ウラジオストクまで線路が伸びている。一方、ハルビンから西に向けて鉄道に乗れば、シベリアの都市チタに到達することができる。

このおじさんも列車に乗って来たのだろうか。ハルビンの中国人は皆ロシア語ができるのだろうか。私はこれから列車に乗るよ、と英語で説明を試みるけれど、やっぱり伝わらないみたい。にこにこ半分、歯がゆさ半分である。旅行、と言うと、うんうんとうなずいてくれる。

一緒に記念撮影をしてから、おじさんとさよならする。気を付けてねと言ってもらったと思う。チェックアウトを済ませた私は高台へと続く階段を上り、ホテルを後にした。

ウラジオストクの空は今日もどんより。曇りの日はいつもより低いところに空を感じる。坂道を降りていくと、相変わらず真正面からウラジオストク駅は私を出迎えた。昨日は人気がなくて、無機質に見えた駅舎の扉。木造りで、向こう側の透けにくい窓ガラスが入っている。取っ手に手をかけるとずしりと重い。よっこいしょと私は扉を開いた。

ウラジオストク鉄道駅の中へ

駅舎に入ると私を待ち構えていたのは、空港で見かけるような手荷物のX線検査機だった。入ってすぐのところにでーんと据え付けられている。シベリア鉄道特有の手荷物検査だ。小さな列ができていて、私の前のおばあさんが、旅行鞄とハンドバッグをコンベアに乗せた。荷物は黒いカーテンの向こうへ消えていく。おばあさんは手ぶらでゲートをくぐる。

検査機のそばに、いかめしい顔をした白人の女の人が立っている。いかにも警官らしい制服に身を包み、とても美人だ。ぴっちりとしたタイトスカートが印象的。そしてとても恐い顔つきをしている。前を行くおばあさんをのんびりと見送っていたら、お姉さんに急かされた。次!

いつの間にか私の後ろがつっかえていた。リュックとショルダーバッグ、食料の詰まったサブバッグをごとりと乗せた。私もゲートをくぐった先で荷物を引っ張りあげるけれど、受け取りそこねた食料袋が床にべちゃっと落ちた。中身が少し転がる。慌てて拾い集めて、駅舎の中に置かれたベンチにそそくさと座った。

ぐるりと周囲を見渡すと、広々とした待合室だった。小学校の教室で例えるなら、4クラス分くらいの面積はあるのじゃないだろうか。白やベージュを基調とした内装で、瀟洒な造りをしている。自動改札口や、切符を確認する駅員の姿はなく、ただ奥のほうにどこかへと続く通路が見えた。天井画が美しく、ベージュの空を背景に赤い街並みが描かれている。シャンデリアもとても豪華だ。

待合室にたくさん並んだベンチには、ちらほらと列車を待つ人の姿があった。大きな手荷物を抱えている人もいる。長旅なのかもしれない。逆にびっくりするほど荷物の少ない人は、近郊の街まで出かけるのだろうか。

時差の向こう側へ

壁にかけられたブルーの電光掲示板。列車の発車時刻や行き先の一覧が表示されている。まじまじと見つめてみると、列車情報の中にイルクーツクまで乗車する「モスクワ行き」を見つけた。1か所だけ「?」の記号が表示されているのは、おそらくプラットフォームの番号を表示する箇所だ。出発時刻まではたっぷりと余裕がある。まだどのプラットフォームに停車するのか決まっていないということなのかもしれない。

ロシアの領土は極東からヨーロッパの端まで、東西に長くて広い。だからロシアは首都モスクワの時刻を基準に、国土を8つのタイムゾーンに区切っており、モスクワから離れれば離れるほど時差が広がっていく。

そしてロシア国鉄では、モスクワの時刻を標準時として使用している。私の乗る《ロシア号》についても掲示板では午前4時2分出発とあるけれど、これはあくまでモスクワの時刻だ。7時間の時差を考慮すると、ウラジオストクの現地時間では午前11時2分に発車するということになる。

つまりウラジオストクで乗車した後は、極東からモスクワまで、一直線にいくつものタイムゾーンを潜り抜けていくことになる。時差の向こうへ、向こうへと旅しながら、時計の針を1時間、また1時間とモスクワ時間へと近づけていくのだ。時間の概念とは制度である。

ちかりと電光掲示板が瞬いた。《ロシア号》の欄に、新たに表示された「1」という字が躍っていた。プラットフォーム1番。私は立ち上がって、駅舎の奥に続く通路を目指した。

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