屋久島の雨に溶ける

こんにちは、Yokaです。

最近、個人的にと~っても「島」に行きたくて、島の情報をまとめた記事を少しずつ掲載しています。

特に心に浮かぶのは、伊豆諸島。それに小笠原諸島。

私自身は関西の生まれで、「島」という土地には関わる機会もほとんどなく成人まで過ごしました。初めて離島らしい離島を訪れたのは、大学院の時のこと。中学からの友人と、屋久島を訪れました。ろくに登山経験もないのに、よくもまあ、予備知識もなく登ったもんだなあと我ながら呆れます。

屋久杉までの道のりは、登って下って往復12時間。運動不足の体にはずいぶんこたえました。あの時の筋肉痛はものすごかった。でも爽快な疲労でした。素敵な思い出です。

朝の3時頃に起きると、登山ガイドさんが宿まで迎えに来てくれる。登山口に着いたのは4時頃。まだとっぷりと真夜中でしたが、すでに大勢の登山客が集まっていました。50歳ほどのベテランガイドさんに、ちょっとこちらへ、と導かれるままに陣取った待合所の一角で、準備してくれていた朝ごはんのおにぎりをほおばったのです。我ながら思い出に浸りつつ痺れる。

山をひたすら登りながら、ひいふう息をしていました。ガイドさんは一定のテンポで、淡々と登山道の階段を登っていく。その背中は哲学的で、自然の事情、人間の事情、あらゆる物事を承知の上で、自然に分け入っていく、自分の世界に分け入っていく、そんな印象を受けました。

屋久島ではひと月につき35日雨が降るといいます。登山道を歩いていると、雨が降っては止み、降っては止み、その繰り返しです。雲が足元まで立ち込める中を黙々と進みます。時々雨に打たれ、雨が止んだら汗をかき、また降り始めた雨が汗を流して、髪も全部濡らしていく。あの時、すぅーっと蘇ったのは、小学校2年生くらいの時に見た光景。あの日、いつものように、自宅のあるマンションの敷地内で友達と自転車を乗り回して遊んでいました。あの時は自転車に乗っているだけで、それはもう楽しかった。

そしたらやがて雨が降り始めた。でも自転車を降りない。マンションのピロティホールに駆け込んで雨宿りをすればいいのに。心が躍っていて、あまりにも楽しくて、本降りになった雨の中を夢中で駆け回っている。

その時の光景。空が灰色にけぶって、砂場がかすんで、白い雨が筋になって地面に叩きつけている。みるみる黒ずんでいく地面。敷地内を駆けていると、ひときわ強く、雨がにおいたつ場所がある。そのにおい。

屋久島での登山は、私を小学校2年生、8歳頃の景色まで連れ帰ってくれました。

そうなると、登山で噴き出した汗が服を湿らすのも、降りしきる南の暖かい雨が髪をびしょ濡れにするのも、雨で化粧が流れるのも、どうでもよくなる。体から湧いてくる汗と山の雨がいっしょくたになって、自然の中で自分の境目が曖昧になっていく。やがて目の前の傾斜を登ることしか考えられなくなって、額のあたりを恍惚感が満たしていく。屋久島で自然に還るんだ、なんて旅行前に冗談めかして言ったものだけれど、山は無理のないさじ加減で、確かに私を自然に近い存在へと還元してくれたのです。

山を降って登山口に辿り着いた時には、同じ道を往復したのにも関わらず、長い長い一本道を、10時間かけてまっすぐに歩き詰めたような達成感がありました。

トレーニングなんて何もせず、ぶっつけ本番で臨んだ本格登山でした。体はくたくた、膝はがくがく、それなのに高揚感でいっぱいでした。きっと12時間の間に、何か乗り越えたものがあったんでしょう。往路を経た人間にとっては、復路はまたひとつ新しい「道」です。「道」がもつ意味、価値は、歩く人によって決められる。歩く人の経験、思いによって、幾通りにも広がっているんです。

もう少し、屋久島での思い出を綴ろうと思います。それでは今宵はこのあたりで。

スポンサーリンク

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする